宮~桑名2025.11.1

夜通し走らせた車を名古屋市熱田区内の地下鉄熱田神宮伝馬町駅にほど近い旧東海道沿いのコインパーキングに停める。
ここは東海道の宮宿にあたる。
現在東海道歩きの行程は浜松止まりだが、間をとばしてここに来たのには訳がある。

駐車場向かいの民家の猫

宮宿から隣の桑名宿までのルートは東海道中で唯一海上の渡しであった。
それが七里の渡しである。
現在そのルートに船の定期運航はなく陸上を回り道するしかないのだが、「堀川まちネット」というNPO法人が年に1回「七里の渡し船旅 学習会」という名目で遊覧船を運航するのでそれに参加するのだ。

なお、このブログは日にち順ではなく、ルート順に並んでいるので日付が前後することをおことわりしておく。

出航まで時間があるので駐車場で1時間以上時間調整をして9:34AMに車を出て旧東海道を船着き場に向かって歩き始める。
ビジネス街の裏通りという感じの道だ。

旧東海道

すぐにT字路に突き当たる。

T字路

右の角に道標が建っている。
文字は読めなかったが右は熱田宮・名古屋城下で、左は七里の渡し(桑名)という意味のことが書いてあるらしい。

道標

確かに右を見ると熱田神宮の森がすぐそこに見える。

熱田神宮の森

もちろん左へ進む。
すぐに旧道は国道247号線と斜めに交差する。
この広い道に信号も横断歩道もないので歩道橋を渡る。
歩道橋を下りたところに行列ができている蓬莱顕という料亭があった。
その時は何の気なしに通り過ぎてしまったが、実はそこが宮宿の赤本陣跡だった。

歩道橋から見た旧東海道。右下の「蓬莱軒」の看板辺りが赤本陣跡

すぐに旧道は堀川沿いの公園に突き当たる。
宮の渡し公園だ。
かつて尾張藩の物流の中心地・熱田湊として栄えたこの地に時の鐘や常夜灯を復元して往時の雰囲気を再現している。
僕らの乗る船もここから出る。

宮の渡し公園

公園の向かいにはうだつが上がった旧旅籠屋の喫茶店があった。
ここで時間つぶしすれば良かった。

旧旅籠屋「伊勢久」

さて僕らの乗る船が船着き場にやって来た。
真面目な学習会にしてはカラフルな外観だ。

これから乗る船

乗り込むと内部はこんな感じ。
僕、女房、娘、そして女房の兄貴の4人で最後尾の半円状のベンチ席に座った。

船の内部

11:00AM、出航。
船は堀川を滑るように進んでゆく。
10分足らずで水門を出て、ここからは伊勢湾ということになる。

水門を出る

心なしか船の揺れが大きくなったような気がする。
船には慣れてないので船酔いだけは心配だ。

試みに屋上デッキに出てみたが、屋上では室内よりも揺れが大きく感じられる上に、片手でカメラを持ちもう片方の手は帽子が飛ばされないようにずっと押さえていたので手すりがほとんどつかめず、本当に海に転落しそうでかなり怖かった。

屋上デッキから前方を望む

伊勢湾を進んだ船はやがて右に弧を描いて長良川に入ってゆく。
そして長良川河口堰の手前で枝分かれする揖斐川に入る。
そして左側の窓に外観復元された桑名城の蟠龍櫓が見えてきた。
間もなく到着だ。

蟠龍櫓が見えてきた

往時はこの櫓直下の船着き場に入港していたのだが、今回そこは通り過ぎて数百メートル先の船着き場に接岸した。
1:11PM、下船。
約2時間の船旅だった。
心配した揺れもなく、居眠りもできた。

下船。奥に見えるのが蟠龍櫓

往時の船着き場に行ってみた。
かつてはここに入る船、ここから出て行く船、さらには物売りの小舟などが行き交って大変な賑わいだったと想像する。
今は静かな小空間だ。

往時の船着き場

そのすぐ脇の鳥居は伊勢国一の鳥居。
今でも20年に一度の遷宮に合わせて建て替えられている。

伊勢国一の鳥居

現地で何やらイベントが行われているらしく、揖斐川上流側の土手上にキッチンカーが立ち並んでいる。
お腹も空いたので一通り見てみたが、これというのはなかったので諦めた。
東海道を歩きながら食べるところを探すとするか。
桑名名物の焼き蛤でも安く食べられる店があればいいな。

揖斐川土手上のキッチンカー

2:02PM、東海道を歩き始める。

東海道を歩き始める

途中街道左側の桑名城跡に立ち寄る。
桑名城は現在、九華公園として整備されている。
主郭が残っていないせいか城としての魅力は乏しいが、豊かな水堀のある公園は散策には良さそうだった。

桑名城跡

30分ほどで東海道に戻ると桑名城の堀と並行して歩くことになる。
その堀には往時の石垣が残存している。

桑名城の堀と石垣

2:55PM、東海道と桑名駅に向かう道が交差する地点で今回の東海道歩きを終了してJR桑名駅に向かった。

桑名駅に向かう

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