桶川~鴻巣~(行田駅)2007.5.12
9:29AM、桶川宿を歩き始める。
5分で本陣の前に着く。
埼玉県内で唯一残る本陣遺構だが、現在も人が住んでいるので立派な門の外からのぞくこともはばかられた。
桶川宿を出てしばらく歩くと「中山道北本宿」という標柱が建っている。
ここは初期の中山道の宿場だったらしい。
しかし今ではビニールハウスの農地が広がるばかりでその面影は全くない。
12:43PM、多聞寺に立ち寄る。
仙谷久秀や真田小松姫(本田忠勝の娘、真田信之の妻)の墓を見る。
1:11PM、今にも崩れそうな旧家屋が点在する鴻巣宿を通過する。
JR高崎線の踏切を渡ると旧道は分岐を繰り返してどんどん細くなる。
2:11PM、箕田八幡神社の前に着く。
ここは平安時代の武蔵武者の発祥の地だそうで、そのことを伝える箕田碑という物が建っている。
2:47PM、一里塚跡に着いた。
標柱と説明板が建ってはいるが、どちらも古ぼけてしまって読むのも容易ではない。
一方この辺りから手書きで「中山道→」などと書いた紙を(勝手に?)電柱などに貼り付けた物が見られるようになる。
誰かの親切なのだろうか?
旧道はJR吹上駅前を通過した後、線路のために一部消失している。
そのための迂回路から元の道がまごついていると、後方から自転車で通りがかったおじさんが、
「中山道はその踏切を渡った先だよ」
と告げてそのまま通り過ぎて行った。
その後ろ姿を見ながら僕は、あの手書きの案内を作ってくれたのはこの人だとなぜか確信した。
あのおじさんが、一里塚の跡も野ざらしにする行政に代わって旅人のために骨を折ってくれているのだ。
ありがとう。
踏切を渡って中山道に戻るとすぐにまた電柱に手書きの道案内が貼ってある。
今度は略図付きだ。
その案内に従って荒川の土手に出た。
ちまちました市街地からいきなり広々とした河川敷が広がっていて気持ちがいい。
このまま土手を歩き、行田駅に最も近付いた所を今日のゴール地点にして、行田駅から家路についた。